現在、ポタオデ関連Twitter上で話題となっているのが、HIFIMAN騒動です。
他に書かないといけないネタが山積みの中で、どうしても書いておきたかったので、乱文ご了承。
この件の詳細はTwitterを検索していただきたいのですが、簡単に言うと、
・ある方がHIFIMANのハイスペックDAP HM-901Sを分解したら、PCB(プリント基板)上に実装されているTI製(BBブランド)のオペアンプにアヤシい刻印のものを見つけた。
・端子間抵抗を測ると、本来の値とは異なる抵抗値であった。
・偽物オペアンプが搭載されている可能性もあるので、HIFIMANに調査を依頼した。
・HIFIMANからの回答は、偽物の素子を実装するはずがない。名誉毀損で訴える覚悟だ、と回答が来た→その経緯をTwitterに公開
さらに、HIFIMAN JAPANは、声明文として、
http://hifiman.jp/articles/detail/28
を公開。
この声明の最後の文章で、今回指摘をした方を「加害者」と呼び、起訴・賠償を請求する権利がある、と強い姿勢を示したことで、今回の指摘の内容はよくわからない方も含め、HIFIMANにとって逆風が吹いてしまっている状態です。
私は電子関係の信頼性・品質業務をしていることもあり、今回指摘されたような偽物素子の流通や、意図せず流出してしまった事例を知っているので、私にとってはこの指摘自体は、それほど驚くことではありませんでした。(もちろん、自分が購入したDAPでそのような偽物素子が搭載されていたらイヤですが・・)
まず、知っておいていただきたいのは、このような問題を取り巻く環境です。今回で言えば、登場人物はHIFIMANとオペアンプメーカ(TI)だけではありません。
1. HIFIMAN本社(中国・天津)
2. HIFIMAN中国工場(昆山)、おそらく下請け製造会社(EMS=electronics manufacturing service)
3. コンポーネント代理店1
4. コンポーネント代理店2
5. 素子メーカ TI
登場人物は、最低でもこんな感じだと思います。
2の工場はHIFIMAN所有の工場なのか、下請けのEMSなのかはわかりません。いずれにしても、この工場で生産される製品の品質をコントロールする責任がHIFIMAN本社にはあります。
ここから先は、私の経験上の話になりますが、HIFIMANほどの名が通った会社(マニアックな会社ではありますが)が、自らの意思で偽物の素子を選定して実装する、ということは99%あり得ません。特にマニアが多いこの業界において、故意にそれをやったことがバレた時の損失が、偽物素子を使って得られるメリットに比べて大きすぎるからです。
つまり、もし本当に偽物素子が実装された状態で出荷されてしまっていたのだとしたら、HIFIMANにとっては青天の霹靂な出来事であると思います。
親会社が意図せず、偽物素子が実装された製品が生産されてしまう理由は、上記3、4のコンポーネント代理店の存在です。
電子コンポーネントは、その部品の種類によって、数多くの代理店が存在し、また多くの代理店を経由しているため、親会社の目の届かないグレーな領域が存在します。
上記4の代理店が、正規コンポーネントの半額で偽物コンポーネントを入手して、その上流代理店に流してしまえば代理店4はその差額を儲けることができますが、HIFIMANにとっては、そんなやりとりがあったことなどはわかる術は無く、上記3の代理店から正規のコンポーネントとして入手して、それを実装してしまいます。
ではHIFIMANも被害者か?というと、そうではありません。
HIFIMANには、正規の素子が実装されていることを保証する責任と、そのために下請けのTier2,Tier3までガバナンスを効かせる責任が生じます。
また、通常、製造工場には、自社製品に搭載するコンポーネントを受け入れる際に行う、「受け入れ検査」という工程があり、ここでは製品に搭載されるべき正しいコンポーネントが納入されているかを全数、もしくは抜き打ちで検査しています。
たとえば、今回問題となっているオペアンプの納入形態は、1リール1000pcsが、5リール、とか10リールの単位で段ボールに収められて納入されていると思いますが、通常はその箱ごとにコンポーネントを一つ抜き取って、そのコンポーネントが本当にオーダーしたものなのかどうかを刻印や外形寸法などを確認してチェックします。もしそこで疑わしい場合はコンポーネント単品の電特(電気特性)を測定する、というようなことをすることで、偽物素子が誤って実装されてしまうことを水際で防止するプロセスがあるはずです。HIFIMANがこのようなプロセスをしっかり運用していたかどうかは知る術はありませんが。。
ただ、今回の問題が大きくなってしまった要因の本質は、やはりHIFIMANの初動対応(ユーザーからのクレームに対して誠意を持って対応する)と、問題が明るみに出されてしまった後に発表した「声明文」の内容のひどさ、にあると思います。
どういうクレームをしてきたかどうかは抜きにして、製品を購入して使ってきたユーザーを、公式に「加害者」呼ばわりする、ということはあってはならないと思います。
一方、指摘した側にも、私個人的にはもう少しやり方があったのかな、とも思います。前提として、私は「お客様は神様だ」という考えの持ち主ではない、ということはお伝えしておきます。(お客様は神様だ、の考えの持ち主は、お客様であれば何をやっても良い、ということになり、議論が発展しないため)
まず、今回の指摘内容は、
・刻印がアヤシい
・端子間抵抗値がおかしい
の2点なのですが、利益だけを守ろうとしているメーカに対しては、どちらもエビデンスとしてツメが甘いのです。
一つ目の刻印ですが、正規品であっても刻印のエラーというのは存在します。私もあり得ない刻印の間違いを見たことがあります。二つ目の抵抗値についても、経時変化、偶発故障だ、また、オペアンプが実装された状態での端子間抵抗は外部回路の影響や、基板そのもののマイグレーションによって抵抗値変化している、という、半ば強引な理由で弁明されてしまえば、それで終わりです。
内々でメーカとのやりとりであれば、上記の水掛け論をしても良いのかもしれませんが、Twitterのような公共の場に情報開示するにあたっては、自分の身を守るためにももう少し確実な証拠(エビデンス)が必要であるというのが、私の個人的な意見です。
ではもう少し確実な証拠とは何か、それはX線写真やX線CT(3D)写真による、オペアンプ内部の構造検証です。この写真があれば、内部のチップ形状やボンディングワイヤー形状の違いで、コピー品かどうかが明らかになります。
X線装置は、個人で所有できる設備ではないので、もし実施する場合は数10万円くらいで外部分析会社に依頼することになるのですが、自分の身を守りつつ、相手の誤りを指摘する、というのはこれくらいの覚悟が必要なのだと思います。
ちなみに、私の職場には透過型X線も3D CT設備もあるのですが、個人の趣味の分析を、会社の設備を使ってやるか、というわれれば答えはもちろん、Noです。
さらに強いエビデンスにするのであれば、オペアンプを開封して内部チップを顕微鏡で観察する、という方法もありますが、その場合はオペアンプをPCBから剥がす必要があり、その時点でそのオペアンプがそのPCBに搭載されていたかどうかを示す証拠が薄くなってしまうため、調査側とメーカ側とが調査内容を同意している状況でないとなかなか踏み込めない方法です。(ちなみに、素子開封設備も職場にあったりします。。)
ということで、今時点では、メーカ側も指摘した側にも、双方にリスクがある状態で、なかなか難しい状況なのですが、私の思いとしては指摘した方の不利益になるようなことにならないことだけを祈っています。
最後に、全く立場を変えて、いちオーディオ好きとしての私としては、偽物素子の流通は防ぎようがないことは理解しつつ、それにあまり振り回されること無く、自分が良いと思った物は良い、というコンセプトで楽しんでいければいいかなーと思っています。
もっと言ってしまえば、たとえ偽物素子が搭載されたDAPであっても、自分が良いと思ったのであればそれで良いじゃん、というのが、今を取り巻くこの現状を認めざるを得ない中で、自分が取れる最良の姿勢だと思っています。
HIFIMAN騒動についての個人的所感